2011年5月23日月曜日

Clementz & Sewall (2011) Science, 332, 455-458. 過去から見る地球温暖化後の水循環

“Latitudinal gradients in Greenhouse seawater d18O: Evidence from Eocene sirenian tooth enamel”

大気中のCO2濃度が1000ppm(IPCCの 2100年予測)を超える温室世界における水循環はどうなるのだろうか?その答えを求める方法の一つが、過去にそのアナロジーを求める方法である。今から56003400万年前にかけての始新世と呼ばれる時代は、大気中のCO2濃度が1000ppmを超え、両極には氷床が存在せず、全球平均気温が現在より12度近く高かった地球史の中で最も新しい温室世界の時代である。こうした遠い過去の時代の水循環は、どの様にしたら調べることが出来るのだろうか?その一つの方法として、緯度方向の海洋表層塩分の勾配を見る方法がある。

現在の海洋表層塩分は、大気の子午面循環の影響を受け、ハドレー循環の上昇部にあたる赤道域では、降水の影響を受けて低塩分の表層水が、下降部では乾燥した大気が地表に吹き付けるため、高塩分の表層水が発達する。そして、ハドレー循環が強まるほど、そのコントラストが増すことが期待される。過去の海洋表層塩分を復元する場合、表層水の酸素同位体比を利用することが多い。それは、降水の酸素同位体比は海水より軽く、一方、蒸発により表層水の塩分と酸素同位体比は上がるからである。しかし、表層水中に棲んでいた石灰質や燐灰質の化石の酸素同位体比を用いて表層水の古塩分を復元するには、同時にその時の水温を知る必要がある。これは必ずしも容易なことではない。

筆者らは、海牛類(哺乳類)の歯のエナメル質の酸素同位体比を用いることにより、巧妙に温度の影響を取り除き、始新世およびそれ以降の緯度方向の表層塩分プロファイルを復元した。すなわち、海牛類の体温が37℃でほぼ一定であることを利用したのである。(この手法は、実は1990年代に、日本の研究者により既に提案されていた。)その結果、特に熱帯収束帯(ITCZ)と亜熱帯高圧帯の間の表層塩分勾配が始新世においてはそれ以降より強く、低緯度域(<30度)がより湿潤な環境にあったことを示した。更に大気循環モデルを用いて、大気中のCO2濃度が800および3000ppmの条件下で、こうした状況が再現されることを確認した。

この研究結果は、温室世界における水循環がより強いハドレー循環とより湿潤な低緯度環境で特徴づけられることを示すものである。また、赤道域がより低塩分化するということは、酸素同位体比に基づいた温室世界におけるこれまでの表層水温推定が過大評価である可能性も示唆する。

(多田)

2011年5月15日日曜日

過去数十万年の南極の気候変動は局地的な日射量変動で説明できる(Laepple et al., 2011, nature)

 D2の久保田です。
今日の論文は、nature 3月3日号のLetterから南極の氷床コアについての論文です。

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要旨:
雪の酸素同位体比は、水蒸気から雪が凝結するときの気温に依存する。この関係を使って、南極の氷床コアに記録されている氷の酸素同位体比の変動は、南極の気温を反映していると考えられてきた。このようにして復元された南極の気温は南極の夏の日射量変動ではなく、北半球の夏のN65°の日射量変動と相関しており、北半球のN65°の夏の日射量が全球的な気候変動を支配しているというミランコビッチ理論を裏付けるものとされてきた。
しかし、今回の研究では、南極の降雪がどの季節に多いのかを南極のいくつかの基地で観測して調べた結果、南極の積雪量は南半球の夏に少なく、冬に多いことが分かった。この効果(Recording system)を入れて、降雪量を季節的に重み付けし、南極の日射量の変動カーブを計算すると、氷床コアの記録とよく一致していることが分かった。つまり、南極の気温の変動カーブは南極の局所的な日射量変動と相関があるということだ。細かく見れば、特に融氷期で気温変動のカーブよりも積雪量で重み付けされた南極の日射量のカーブがリードしているが、大局的には一致している。また、この積雪効果を入れた日射量のカーブは、前述の北半球の夏の日射量変動のカーブとも一致している。
つまり、南半球のlocalな日射量がたまたま北半球の夏の日射量と一致していたのだ。南半球の氷床コアの記録はミランコビッチ理論を支持すると考えられてきたが、南極の氷床コアのデータの解釈には特に気をつけるべきである。
今回の結果からは、氷期から間氷期の移行には、北半球だけではなく南半球の海氷やCO2の放出源としての南大洋の変動も影響していた可能性が示唆される。

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感想:

北半球の日射量が南極も含めた全球的な気候変動を決定しているというミランコビッチの仮説には、北半球の夏の日射量の影響がどのように南半球まで波及するのかまだ完全に分かっていないという欠点があった。大西洋の深層水循環がこの役割を担っているという説が有力だが、まだそのメカニズムは完全には解明されていない。Terminationがどういったメカニズムで起こるのか、とても面白い問題だ。


論文:
Synchronicity of Antarctic temperatures and local solar insolation on orbital timescales

Thomas Laepple,  Martin Werner & Gerrit Lohmann
Nature 471, 91–94 (03 March 2011) doi:10.1038/nature09825

2011年5月2日月曜日

Tokinaga and Xie (2011) Nature Geo., 4, 222-226 人間活動の気候への影響はCO2だけとは限らない

“Weakening of the equatorial Atlantic cold tongue over the past six decades”
赤道域の海洋は、地球のヒートエンジンであり、赤道の高水温領域は赤道域の降水帯(ITCZ)の位置を規定しているので、赤道域のSSTの時空変動とその制御要因を知る事は重要である。しかし、大気海洋結合GCMは、これまでのところ、(大西洋)赤道域のcold tongue(赤道湧昇のため海洋の東縁に形成される舌状冷水域)や貿易風をうまく再現できていない。そこで、著者らは、大西洋赤道域の過去60年間の観測データを再解析して特に東西海域のSST勾配の指標(ΔSSTeq)を調べ、ここ60年間でcold tongueが弱まるとともに年年変動の振幅も小さくなっていること、特に夏においてその傾向が著しいこと、特に東赤道大西洋において温度躍層の水深が深くなってきていること、同じく東赤道大西洋で貿易風が弱まってきていること、を示した。これは、Atlantic-Ninoが弱まっていることを意味する。また、こうした変化の結果、雲が多い領域や降水域が南にシフトしており、それはITCZの南へのシフトを意味する。こうした変化を引き起こした原因としてAMOC(大西洋における海洋による緯度方向の熱遠循環)の変動は考えづらく、GCMによるシミュレーション結果を元に、人為的なエアロゾル(特に硫酸エアロゾル)による可能性が高いと結論付けている。
人間活動の気候への影響はCO2だけではなく、たとえばエアロゾルの影響も無視できないようである。

(多田)